魚編に虎と書いて鯱と読む!!

名古屋で読書会サークルを主催しています。読書の話を中心に徒然と書きます。グランパスが大好き。本職は公認情報システム監査人やってます。

伊東潤「天地雷動」

長篠の戦い武田勝頼徳川家康羽柴秀吉3者の視点から描くことで、それぞれの立場、戦わざるを得ない理由が鮮明になる。そして、もう一人の主人公といっても良い宮下帯刀の存在が、物語に深みを与えているのではないか。名もなき侍大将の必死に生きる姿は、3人の武将とは立場が違えど、どこか似通ったものがある。
続編「武田家滅亡」では、この4人の運命がどう転ぶのか、続きを読んでみたい。

 

天地雷動 (角川文庫)

天地雷動 (角川文庫)

 

 

 

吉川英治「平の将門」

平将門というと平安時代にそぐわないクーデターを起こした、荒々しく「武神」のようなイメージが強いけど、この作品ではもっと人間臭く、みんなの「お兄ちゃん」という感じ。
周りに流されすぎというか、弟たちの心配もいいけど、自分の心配もしろよ。というか母性本能をくすぐるタイプなのか?
印象的だったのは、貞盛の妻を逃すシーン。色々と葛藤があっただろうに、その胸中を思うと、とても切ない。

 

平の将門 (吉川英治歴史時代文庫)

平の将門 (吉川英治歴史時代文庫)

 

 

 

田坂広志「知性を磨く」

「なぜ、高学歴の人物が、深い知性を感じさせないのか?」というグサッと刺さる言葉から始まった本書だけど、それは知識の量を増やすという教育の中でのエリートだからに過ぎない。
本当の知性とは「答えの無い」問いを問い続ける能力であり、一見、そこには意味がないようにも思える。しかし、実際には「問い続ける」というプロセスを繰り返すことで「知性」は深まっていく。
また、その深まった「知性」は自分の中に貯め込むのではなく、誰かのために役立ってこそ、本当の意味がある。

知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代 (光文社新書)

知性を磨く― 「スーパージェネラリスト」の時代 (光文社新書)

 

 

 

佐藤賢一「王妃の離婚」

『死人』という言葉には、オーエンや王妃の父(ルイ11世)も含まれているのかと思ったが、そうではなく、ただベリンダのみを指していた。
ベリンダ・オーエン姉弟が結び付けたフランソワと王妃の関係性。そして裁判後のそれぞれの人生は決して恥じるものではなく、決して傷つくことのない栄光になっていくのだろう。
全体を通して、最初はルイ12世を圧倒したまま「フルボッコ」にするのかと思ったけれど、いい具合に落とし所を見つけたというか、綺麗にまとまった感がある。

王妃の離婚 (集英社文庫)

王妃の離婚 (集英社文庫)

 

 

 

司馬遼太郎「豊臣家の人々」

豊臣家にとって最大の不幸だったのは、秀吉と寧々の間に子供ができなかったこと。その結果、何人もの平凡な「人々」がどうの、己の身に何が起きてるかも理解できぬまま、運命を翻弄され続けた。
まさに「ひとひらの幻影」に踊らされた一族の悲劇である。

 

『このようにしてこの家はほろんだ。このように観じ去ってみれば、豊臣家の栄華は、秀吉という天才が生んだひとひらの幻影のようであったとすら思える。』

 

豊臣家の人々 (角川文庫)

豊臣家の人々 (角川文庫)

 

 

 

田坂広志「人は誰もが『多重人格』」

今回の田坂先生はポエムでなく対談形式。難しい専門用語を極力排除しているので読みやすい。
多重人格というか、その場その場で最も適した行動を選択するための判断力を鍛えることが大事。
実は、そんなに目新しい内容が書いてあるわけではないが、何かと参考になる一冊。

 

人は、誰もが「多重人格」 誰も語らなかった「才能開花の技法」 (光文社新書)
 

 

 

ニーチェ「この人を見よ」

マイケル・サンデルに対しても感じたが、日本人と欧米人の道徳観が異なるためか、なぜキリスト教の道徳をニーチェがそこまで批判したかったのかピンとこない。


結局のところ、欧米の道徳観とは宗教(キリスト教)教育の中で教えられていくものであるのに対して、日本には、そんな土壌がなかったからだろうか。


ちなみに「もしニーチェが同じ時代の日本に生まれていたら?」と考えてみたが、ストイックな「武士道」の考え方もニーチェには「ディオニュソス的ではない!」と批判されたのかな…。

 

この人を見よ (光文社古典新訳文庫)

この人を見よ (光文社古典新訳文庫)